当社は、当社独自の創薬開発プラットフォームシステム(*1)であるPDPSを中核とした創薬開発基盤技術を活用し、国内外の製薬企業との共同研究開発等を通じて、新しい医薬品候補化合物の研究開発を行っております。
当社事業の系統図は、以下のとおりです。なお、当社のセグメントはアライアンス事業のみの単一セグメントであります。
<事業系統図> ※当社見解に基づく/当社作成
(注) 当社の各種売上金の詳細については後述「(3) 当社のビジネスモデルについて」に記載のとおりであります。
当社は、特殊環状ペプチド(*2)をもとにした医薬品開発を中核とした事業を展開しております。「特殊環状ペプチド」とは、当社の造語であり、生体内タンパク質を構成する20種類のL体のアミノ酸だけではなく、天然には存在しないD体のアミノ酸やN-メチルアミノ酸等の特殊なアミノ酸(非天然アミノ酸、*3)を含んだ特殊なペプチドを環状構造にしたものです。当社では、後述のとおり創薬に適していると考えられるこの特殊環状ペプチドから医薬品候補化合物を創製することを主たる事業としております。
特殊環状ペプチドによって創薬開発を行うことを可能にするため、当社は創業以来、創薬開発基盤システムを創り上げることに注力してまいりました。その成果が、当社独自のPDPSです。当社は、このPDPSにより、多様性を持った特殊環状ペプチドのライブラリー(ペプチドライブラリー)を作製し、ターゲット(標的分子)に対して高い結合能を持つ特殊環状ペプチドを短期間でスクリーニング(*4)することができるようになりました。
当社の事業概要は、以下のとおりであります。(A)創薬共同研究開発:当社と製薬企業との間で創薬共同研究開発契約に基づき製薬企業の興味のあるターゲットに対する共同研究開発を実施します。当社では、PDPSを活用して多様性のある特殊環状ペプチドライブラリーを作製し、ターゲットに対して高い結合能を持つ特殊環状ペプチドを製薬企業に提供します。その後製薬企業が提供した特殊環状ペプチドの創薬開発を進め、当社は契約一時金に加え製薬企業の創薬開発・販売の進捗に応じて、マイルストーンフィーやロイヤルティー等の対価を受領することができます。(B)PDPS技術ライセンス:製薬企業からのPDPSを当該製薬企業内で実施したいとの要望に応じ、当社では研究開発コラボレーションの一環として、PDPS技術の非独占的な実施許諾(技術ライセンス契約、*5)を行っております。実施許諾契約の締結に伴い、当社は技術ライセンス料(契約一時金)を受け取ることになるほか、PDPSを用いることで創製された医薬品候補化合物について設定されたマイルストーンフィー及び上市後の売上高に応じたロイヤルティーを受け取ることができます。(C)戦略的提携による自社パイプラインの拡充(戦略的提携/自社創薬):当社は、自社で設定したターゲットに対する医薬品候補化合物に関するプログラムを複数有しており、これらの研究開発を進めています。また、世界中の特別な技術を有する製薬企業やバイオベンチャー企業、アカデミア等の研究機関と戦略的提携を実施し、自社又は共同での研究開発を推進しております。
創薬開発の歴史的スタートは、1897年にバイエル社の研究者によって開発されたアスピリンが市販された1899年だとされております。それから100年以上にわたり低分子医薬品(*6)が創薬の中心的なポジションを占めてきました。
その後、欧米のバイオ企業が長期にわたり研究開発を進めた結果、1997年頃から抗体医薬品(*7)が発売され、2000年代には抗体医薬品の創薬開発が急速に拡大いたしました。
一般的にいわれるペプチド(*8)は、2個~50個の天然アミノ酸が結合して作られた化合物の総称であり、ホルモンや各種伝達物質として働く生体にとって不可欠なものです。ペプチドは生体内で重要な働きを担っていることから、古くから創薬の候補化合物として注目されていました。しかしながら、少数の事例を除き、いくつかの問題点により創薬に結びつくまでには至っておりませんでした。これに対し、当社が創出する特殊環状ペプチドは、今までの一般的なペプチドの医薬品候補化合物としての問題点の多くを解決することにより、医薬品候補化合物としてより適した特徴を有する可能性があると期待されております。
<一般的なペプチドと特殊ペプチドの違い> ※当社見解に基づく/当社作成
特殊環状ペプチドは低分子医薬品、抗体医薬品と比較して素晴らしい特性があると当社では考えております(次表<低分子医薬品と抗体医薬品と比較した特殊環状ペプチドの特徴>参照)。例えば、低分子医薬品は分子量が相対的に小さく細胞内標的を含めターゲットの多様性が優位点である一方、ターゲットに対する結合力や特異性が劣り、ターゲット以外の分子に結合してしまうことなどにより副作用を引き起こしてしまうリスクが相対的に高いことが問題点となります。
抗体医薬品は、低分子医薬品に比べて分子量が非常に大きいため、細胞外ターゲットしか対象にできず、その多様性は低いものの、ターゲットに対する結合力や特異性に優れていることが優位点と考えられます。しかし、その分子量の大きさゆえに細胞内のターゲットに対応できないこと、経口投与ができないこと、生体内で免疫反応を惹起してしまう(生体が異物と判断してしまう)リスクが相対的に高いこと等の問題点が存在します。
低分子医薬品や抗体医薬品に比べて、特殊環状ペプチドは、分子量で評価すると低分子医薬品よりやや大きい程度であることや、前述の物質的な特性から、従来の低分子医薬品や抗体医薬品の問題点を低減しながら、同時に双方の優位点を実現できる可能性があります。
<低分子医薬品と抗体医薬品と比較した特殊環状ペプチドの特徴> ※当社見解に基づく/当社作成
(注) PPI:タンパク・タンパク相互作用(*12)
現在、世界の多くの大手製薬企業は低分子医薬品・抗体医薬品に続く次世代の創薬開発を目指し、ペプチド医薬品・核酸医薬品・遺伝子治療薬・細胞医薬品など新規のモダリティ(*13)を活用した積極的な創薬開発を行っております。当社は特殊環状ペプチドを低分子と高分子の双方のメリットを併せ持つ新たな医薬品モダリティとして捉え、次世代創薬の中心的存在になるものと考えております。
以下に、特殊環状ペプチドが創薬のターゲットとなるタンパク質に結合しているイメージ画像(タンパク質X線結晶構造解析、*14)を示します。
医薬品は、創薬のターゲットとなるタンパクに結合し働くこと(生理活性)により、薬としての機能を発揮します。そのため、ターゲットに強く特異的に結合することがまずは重要になります。特殊環状ペプチドのターゲットに対する結合の一様式を下図に示します。低分子医薬品が点(ポイント)でターゲットを捉えているのに対して、特殊環状ペプチドは複数のアンカーを複数のポイントに対して打ち込んだ形であるため、低分子医薬品よりもはるかに強固な結合力を有しております。そのことが、特異性の高さに結び付いております。
<特殊環状ペプチドの結合:複数点による結合> ※当社見解に基づく/当社作成
<特殊環状ペプチドの結合:ターゲットの表面に絡みついて結合している様子>
※Suga & Nureki Lab.データ
面で創薬ターゲットを捉えるという点では特殊環状ペプチドは抗体医薬品と同様ですが、特殊環状ペプチドには抗体にない特徴を持たせることも可能です。
<特殊環状ペプチドの結合2:ターゲットの内側に潜り込んで絡みついて結合している様子>
※Suga & Nureki Lab.データ
上図は<特殊環状ペプチドの結合:ターゲットの表面に絡みついて結合している様子>の図とは異なるターゲットに対する特殊環状ペプチドのX線結晶構造解析結果です。特殊環状ペプチドはターゲットの表面ではなく内側に潜り込み絡み付くように結合しているのがわかります。一方、抗体医薬品ではその分子量の大きさの問題からこのようにターゲットの内側に対する結合様式を持つことは困難となります。
特殊環状ペプチドは、創薬ターゲットの特徴に合わせて、特異性が高く、多様な結合形態をとることができる医薬品候補化合物という特性を有しています。
当社はPDPSを基軸とした様々な基盤技術を保有し、下図のとおりPDPSからペプチド合成・精製、構造解析、化合物最適化へのサイクルを回すことで創薬プロセスを高効率で進めております。PDPSは後述のとおり高い多様性を持つ特殊環状ペプチドのスクリーニングを迅速に行う技術です。スクリーニングの結果、取得されたヒットペプチドの薬理効果・薬物動態を評価し、臨床開発に進める医薬品候補化合物まで最適化するにあたり、ペプチド合成・精製技術、構造解析技術、化合物最適化技術を活用します。
<当社の創薬基盤技術> ※当社見解に基づく/当社作成
当社の中核技術であるPDPSの開発にあたり、多くのハードルを越えなければなりませんでした。これまで、特殊環状ペプチドの特徴である特殊アミノ酸を組み込んで医薬品候補化合物として活用するためには、多くの時間や労力を要し、容易ではありませんでした。また、生体(細胞)がペプチドを作るときに組み込めるアミノ酸の種類は20種類の天然アミノ酸に限られているため、ファージ・ディスプレイ法(*15)や無細胞翻訳系(*16)によっても合成することができませんでした。当社は、それらの問題点を解決し、特殊環状ペプチドを大規模な創薬ライブラリー(*17)として構築できる技術・システムを以下のとおり開発いたしました。
当社の創業者の一人である菅裕明・国立大学法人東京大学教授が、長期にわたる研究の結果、フレキシザイム(Flexizyme、多目的tRNA(*18)アシル化(*19)RNA触媒(*20))という特殊な酵素を完成しました。
ペプチドが翻訳合成(*21)されるときアミノ酸ごとに1種類の特定のtRNAが結合します。これがアミノアシル結合と呼ばれる現象です。アミノ酸とtRNAは特定の対の関係になっており、その対の組合せをもとにアミノ酸とtRNAをアミノアシル結合させるのがARS(アミノアシルtRNAシンセテース)と呼ばれる酵素(*22)です。ARSもアミノ酸とtRNAの対の組合せと同じように特定の対の関係があります。アミノ酸・tRNA・ARSの組合せは明確に特定されており、それは生物のルールであると考えられていました。さらにそれぞれのARSは20種類の天然アミノ酸にのみ対応しており、特殊アミノ酸に対応するARSは存在しませんでした。
一方、フレキシザイムは単体でARSに代わり特殊アミノ酸を含むすべてのアミノ酸とtRNAを自由に組合せ結合することができるスーパー触媒ともいうべき特徴を持っております。それにより、アミノ酸とtRNAの組合せは無限大に近くなりました。
当社のフレキシザイム技術は、今まで無細胞翻訳系により組み込むことが困難であった特殊アミノ酸を簡単に、そして迅速にペプチド合成の中に組み込むことを可能にした独自の技術です。特殊アミノ酸を組み込んだペプチドを創製することが容易になったことで特殊環状ペプチドは生体内における安定性が増し、分解されにくいという特質を活かして医薬品としての作用を発揮する素地の一つを整えることになりました。その他、細胞膜の透過性を持つ特殊環状ペプチドも採れており、細胞内のタンパクをターゲットにすることもできるようになりました。
続いて、フレキシザイム技術で創製できるようになった特殊環状ペプチドを次の表<医薬品候補化合物の多様性の比較>のとおり、多様性(数や種類)を持ったライブラリーとして構築するFIT(Flexible In-vitro Translation)システムの開発を行いました。
低分子医薬品のライブラリーの多様性を1としたとき、おおよその値として、抗体医薬品はその1万倍程度の多様性を持ち、特殊環状ペプチドは低分子医薬品の1億倍程度の多様性を有しています。ライブラリーの多様性は、医薬品としての候補化合物を含んでいる可能性を高めるため、多様性が大きくなればなるほど、医薬品候補化合物発見の可能性も高くなります。この多様性の比較からも、当社の特殊環状ペプチドライブラリーは、まだ見ぬ医薬品候補化合物を生み出す大きな可能性を持っているものと考えております。(現在、当社ではさらなる改良を加えて独自の翻訳合成系として活用しています。)
<医薬品候補化合物の多様性の比較> ※当社見解に基づく/当社作成
(注) 「多様性の比較イメージ」は左記「多様性」における下端の値をとっております。
さらに、特殊環状ペプチドを短期間でスクリーニングするためにRAPID(RAndom Peptide Integrated Discovery)ディスプレイシステムを構築しました。
従来のライブラリーに比べて格段の多様性を持っている特殊環状ペプチドライブラリーを活用するためには、数千億から兆単位の数の特殊環状ペプチドを効率的かつ高速、正確にスクリーニングする必要があります。
当社は、FITシステムの特徴を最大限に生かし活用するために、独自にRAPIDディスプレイシステムを開発しました。RAPIDディスプレイシステムは、無細胞翻訳系において合成された特殊環状ペプチドの特徴を生かして、ターゲットに対して結合力・特異性・選択性の秀でた特殊環状ペプチドを短期間でスクリーニングできる高速のスクリーニングシステムです。(現在、当社ではさらなる改良を加えて独自のディスプレイシステムとして活用しています。)
フレキシザイム技術とFITシステムを組合せ、多様性を持つ特殊環状ペプチドライブラリーを短時間で構築するシステムを作り上げ、さらに特殊環状ペプチドライブラリーを高速スクリーニングすることを目的として開発したRAPIDディスプレイシステムと組み合わせた独自の創薬開発プラットフォームシステムが当社の中核的な基盤技術であるPDPSです。
当社では上述のペプチド創薬基盤技術を活用し、3つの創薬アプローチを用いております。1つめはスクリーニングにより取得されたヒットペプチドをそのまま特殊環状ペプチド医薬品として研究開発を進めるアプローチです。2つめはヒットペプチドを用い低分子医薬品を開発するアプローチです。ヒットペプチドが結合したターゲットの構造解析を行うことにより、どのように特殊環状ペプチドが働いているのかを詳細に理解することができます。これらの情報をもとに、最先端の計算化学技術を活用することで低分子医薬品をデザインすることが可能となってきております。3つめのアプローチは、特殊環状ペプチドそのものを医薬品として利用するのではなく、結合力や特異性などの特徴を利用し、生体内の特定の部位や臓器に別の薬剤を送達するキャリア(運び屋)として利用するというもので、PDC(*23)と当社では呼んでおります。複数の抗体薬物複合体(ADC)がすでに上市されていますが、特殊環状ペプチドは抗体と同様の特異性の高さを持つ一方、サイズが小さく化学的に合成できるという利点を持つことから、当社ではPDCについて高いポテンシャルを有するものと認識しております。
<当社の創薬アプローチ> ※当社見解に基づく/当社作成
<PDC医薬品とは> ※当社見解に基づく/当社作成
当社は先端研究開発型製薬企業であり、知的財産権の開発、維持、発展は重要な経営課題と認識しております。
次の図は、当社の特許ポートフォリオ(*24)の概念図です。この図のように当社の特許ポートフォリオは、フレキシザイム技術開発に関わる特許をコアにして、周囲を取り囲むように関連する複数の特許・発明で固めることにより、特許(技術)が単独のものとして孤立することなく、特許ポートフォリオを同心円状に強化することが可能になりました。概念図中「ライブラリー特許」とあるのは、各種、特殊環状ペプチドライブラリーを作成する技術等を含み、これらにより特殊環状ペプチドの可能性を拡大するとともにポートフォリオを強化することができます。ライブラリーの発明は、今後、研究開発の進展によりさらに増加させていくことが可能と考えております。
概念図中「ノウハウ特許」とあるのは、特定の機能を持った特殊環状ペプチドをスクリーニングする技術ノウハウであり、各種機能を持ちうる特殊環状ペプチドを特定の機能に絞り込み、スクリーニングの段階で選別することが可能になりました。
概念図中「物質特許」とあるのは、研究途上で発見された特殊環状ペプチドの物質特許(発明)であります。当社の通常の共同研究活動では、特殊環状ペプチドの物質特許(発明)は、創薬開発権利金の支払いと引き換えに、クライアントに対し提供されます。
ライブラリー特許(発明)、ノウハウ特許(発明)、物質特許(発明)に関しては随時権利化(出願)を進めております。
<当社の特許ポートフォリオの概念図> ※当社見解に基づく/当社作成
PDPSの基盤技術となる特許・発明の詳細は次の表のとおりです。
<当社の特許ポートフォリオ>
(注) 上図の「特許」には特許登録されているものと出願中のものがあります。
当社の基本的な共同研究開発契約は、クライアントからターゲットを受領し、そのターゲットごとにプロジェクトを設定し、順調に研究開発が進めば一連の複数カテゴリーの売上が立つように設計されております。
次の図<当社における一般的な研究開発の流れと各ステップで発生する可能性のある収益項目>は、当社がクライアント企業と共同研究開発契約を締結する場合の一般的な当社の売上カテゴリーの流れを示したものです。
当社では、PDPSを使うことに対する対価(テクノロジカルアクセスフィー)としてまず「契約一時金」を受領することを原則としております。さらにその後の研究開発にかかる対価としてターゲットごとに「研究開発支援金」を原則として前受にて受領しております。当社は、これらの金額を初期のディスカバリーステップ時に受領しているため、事業展開の早期から売上を生み出すことができます。
当社がクライアントに対し、あらかじめ定められた一定の条件をクリアした特殊環状ペプチドを提供した後は、医薬品候補化合物に係る開発の主体はクライアントに移行します。また、当社は研究・開発・販売の過程においてあらかじめ決められた一定のクライテリアを達成した場合「マイルストーンフィー」を受領することになります。さらに、最終的に上市された医薬品としての売上金額に対して、一定の料率を乗じて得られる額を「売上ロイヤルティー」として受領します。
PDPS技術ライセンスにおいては、クライアントにPDPS技術の非独占的な実施許諾を行い、その対価として「技術ライセンス料(契約一時金)」を受領します。さらにクライアントがPDPSを用いることで創製された医薬品候補化合物についてあらかじめ設定された「マイルストーンフィー」及び上市後の売上高に応じた「売上ロイヤルティー」を受け取ることができます。
戦略的提携/自社創薬は自社又は自社と戦略的提携先と共同で研究開発活動を実施し、臨床開発及び事業化のために製薬企業等にライセンスを行うことを目指します。
当社のビジネスモデルの典型的な例を下図に示します。
<当社における一般的な研究開発の流れと各ステップで発生する可能性のある収益項目>
当社は、多くの研究開発プログラムを3つのビジネスモデルを組み合わせて実施することで、リスクを分散し成功確率を高めることができると考えております。自社創薬においては戦略的に有望なターゲットを選定し、それに対する特殊環状ペプチド医薬品やPDCキャリアを生み出すことでより将来の価値の拡大につながるものと考えております。
<用語解説>
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