当社は、医療現場の課題を解決するための多様なモダリティ(*11)(医薬品、医療機器、人工知能(AI)ソリューション等)を、医師と共に医療現場で研究開発し、医療イノベーション創出に貢献し続けることで、ヒトが心身共に生涯にわたって健康を享受できるための新しい医療を創造したいと考えています。
世界保健機関(WHO)では、高齢化や生活習慣に伴う重要な疾患(老化関連疾患)を「非感染性疾患(NCDs)」として位置付け、がん・糖尿病・呼吸器疾患・循環器疾患が対象となっています。NCDsは、既に死亡原因の第1位を占め、2019年の全世界の死亡者数の71%がNCDsが原因で亡くなっています(世界保健機関、News room)(*12)。当社の開発品目は、このNCDs4疾患を全て対象としており、先進国のみならず新興国でも重要な医薬品を開発しています。また、社会が複雑になり多くの人がストレスを抱えて生活していますが、肉体的な病に比べて精神的な病に対する医薬品の治療満足度は未だ充分とはいえません(*13)。特に、女性(*14)、小児(*15)のメンタルケアの重要性は明らかです。さらに、新型コロナウイルス感染症以降、メンタルな病気に対する医療は大きな課題となっています(*16)(以上の情報は世界保健機関の情報に基づきます)。当社は、女性や小児のメンタルヘルスケアを含めた医療課題にも注力しています。
新型コロナウイルス感染症への対応が全世界で喫緊の課題となっています。ワクチンの普及で患者数は減少していますが、ウイルス変異など課題もあり、肺炎に至る患者がいなくなる事はありません。ですから、自宅待機時の悪化を防ぎ、入院患者の重症化を予防し、そして後遺症を減らす治療薬は必要です。当社は、これら医療の課題を解決できる内服薬を開発しています。当社は2020年10月には前期第Ⅱ相医師主導治験を国内で開始し、半年後の2021年3月末には前期第Ⅱ相試験を終了し、次相試験は2021年6月に開始しました。
少子高齢化対策は、現在の日本にとって最重要課題のひとつと考えられます。当社は、老化関連疾患(がん・糖尿病・新型コロナウイルス肺傷害を含む呼吸器疾患・循環器疾患)、及び女性・小児の疾患など、医学的あるいは社会的にも重要な課題を解決すべく、研究開発や事業に取り組んでいます(図表1)。
<図表1 当社が目指す新たな医療>
当初、コンピューター工学及び低分子スクリーニングから創薬したPAI-1阻害薬などの低分子医薬品の開発を主体に開発を展開していましたが、研究・医療機関からの要請、更に医療現場の課題を解決するための必要性から、現在では当社の開発領域(モダリティ)は、医薬品のみならず、医療機器やAIソリューションなど多岐にわたっています。
当社は、国内外の大学や他の研究機関で発掘された多くのモダリティにわたるコンセプトやシーズを、基礎研究から臨床開発(医師主導治験)までを一気通貫で繋げる研究開発を行い、大手製薬企業等に繋ぐことで医療イノベーション創出に貢献します(図表2)。自社シーズを、オープンリソースとして外部研究者に提供し研究いただくことで新たな医療用途を発見し、この中から科学性、医学性、経済性(事業性)の観点から選択し医師主導治験に繋げていきます(図表3)。
< 図表2 ビジネス・モデル >
当社は、大学など研究機関等との共同研究を通して自社シーズの医療応用の可能性を広げ、
多くの診療科や医療機関と医師主導治験を実施することで、
多くのモダリティにわたる革新的な医療シーズの橋渡しを具現化できるベンチャー企業です。
(出典:当社作成)
<図表3 オープンリソース戦略による新たな用途発掘>
(出典:当社作成)
当社研究開発の特徴は、これまでに培ってきた国内外の多くの共同研究や医師主導治験(*4)のネットワークを活用することです。
これまで21件に及ぶ複数疾患に対する複数研究開発パイプラインでの医師主導治験の実績があり、多面的・多層的な研究開発事業を展開しています。現時点で、医師主導治験を活用した臨床開発パイプライン数では、当社は国内バイオベンチャーの中でもトップクラスと考えられます(当社調査結果)。
医師主導治験には多くの利点があります。医師自ら治験を立案及び実施出来ますので、医療現場での課題実態に合った試験計画や枠組みで実施できるのみならず、医師の治験に対するモチベーションは高く、治験が効率的に進みます。治験実施計画の作成、規制当局との専門的な対応、患者登録など医師自らが治験を推進することや、オーファン疾患(患者数が少ない疾患)や企業が通常手を出さない困難な領域の疾患にも取り組めることが特徴です。当社は多くの医療機関とのネットワークを通じて、多様な診療科にわたる医師主導治験を同時に複数実施することが可能です。
当社は、医薬品の種になるリード化合物の探索から臨床開発(治験)まで一貫して取り組んでおり、当社が行う治験(医師主導)は全て国内外共に未承認の薬剤(first-in-human)を対象としており、海外承認(国内未承認)薬や既存薬の適応拡大のための治験ではありません。2003年の薬事法改正によって、医師自らが治験を実施する医師主導治験の道が開けましたが、治験に必要な医薬品を安全性試験、製剤を含めて全て自ら準備することは依然として難しい状況です。当時は、海外承認(国内未承認)の新薬や適応外使用薬(いわゆるドラッグラグ)も数多く存在したので、国内未承認薬や適応外使用薬が医師主導治験の主流でした。治験の実施し易さ(製造から安全性試験など既存のデータで対応可能)という点からも、多くの大学等の医療機関の医師が海外承認(国内未承認)の新薬や適応外使用薬の治験を医師主導で取り組みました。また、既存薬の適応拡大も大きな市場が期待できる場合は大手製薬企業も取り組みますが、市場の小さなオーファン領域の疾患は製薬企業の興味の対象ではないので、製薬企業が取り組まないオーファン疾患を対象に既存医薬品を用いて医師主導治験として実施される場合もありました。そのような背景から、「医師主導治験は適応拡大やオーファン疾患が対象」という印象が定着していた時期もございます。しかし、適応拡大の対象となる既存薬が特許期間中であれば、薬事承認に進めるにはライセンスが必要となりますし、一方、対象となる既存薬がジェネリックであれば特許も無いために大きな収益は期待できません。
当社が現在臨床試験に取り組んでいる医薬品プロジェクトの5件(2022年5月時点;RS5614_慢性骨髄性白血病、RS5614_新型コロナウイルス肺炎(日・米・トルコ)、RS5614_メラノーマ、RS5614_FGF23関連性低リン血症性くる病、RS8001_月経前症候群及び月経前不快気分障害)全てが、基礎研究から一貫して開発に取り組んでいる新規自社シーズで、先行事例のない国内外の未承認薬(first-in-human)です。オーファン疾患は3件(RS5614_CML、RS5614_メラノーマ、RS5614_FGF23関連性低リン血症性くる病)ありますが、自社シーズで特許もグローバルで確保しており、オーファン疾患治療薬といえども上市以降は確実な収益が期待できます。
自社シーズに対する臨床応用の可能性を広げるために基礎研究を広く展開する必要があります。当社では、自社化合物をオープンリソースとして研究者に提供し研究いただくことで新たな用途の発見に取組んでいます(オープンイノベーション)。そして、この中から、科学・医学的、事業性の観点から適切なプロジェクトを取捨選択し医師主導治験を実施します。基礎研究成果は、共同研究を実施した大学等研究機関と共同で特許を出願し、当社事業の基盤となる知的財産の確保に努め、当社が独占的な実施権の許諾を受けた後に、事業化に向けた開発を進めます。
医薬品と並んで当社の研究開発パイプラインの柱であるAIを活用した医療ソリューションは、アカデミアや医療機関との共同研究により医療現場の課題を解決することができる新たなAIを開発し、事業会社とライセンス契約を締結して事業化します。医薬品と同様に、比較的早期から出口企業とライセンス契約を前提とした共同研究契約を締結して提携しています。
当社の事業セグメントは、医薬品等の開発・販売等事業のみの単一セグメントであり、事業系統図及び事業収入の形態は以下のとおりです。
< 図表4 事業系統図及び事業収益形態 >
(事業系統図)
(注:製薬企業及びベンチャー企業との共同研究は現在準備中)
(事業収入の形態)
< 図表5 当社の事業戦略 >
<図表6 当社が有する研究機関・医療機関ネットワーク>
(出典:当社作成)
① 当社のパイプライン概況(2022年5月現在)
< 図表7 パイプライン >
(注)開発物質コード「RS化合物」は、特許上は「TM化合物」で取得しています。
② パイプラインの概要
(a) RS5614(PAI-1阻害薬)
〔 PAI-1と老化 〕
我が国を含めて先進国は高齢化に直面しており、医療における老化に対する解を見出すことは、医学的のみならず社会的にも喫緊の課題となっています。当社は、細胞の老化(Senescence)を分子レベルで明らかにし、組織や個体の老化(Aging)に伴う疾病を治療する新たな医薬品を開発し、究極的にはヒトの老化を改善するための医療イノベーションに寄与したいと考えます。
細胞の老化(Senescence)
腫瘍細胞を除いて、生物の細胞は、細胞老化(Replicative senescence)と呼ばれる現象のために、無制限に増殖することはできません。この現象には、遺伝子のテロメア長の短縮、更にはp53などの細胞老化因子が関与しています。老化した細胞は、p53に加えて、プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター(PAI)-1の発現が極めて高いことが分かっています。一方、p53やPAI-1を抑制することで、細胞老化の現象は阻害できることが明らかになりました。
組織や個体の老化(Aging)
細胞のみならず、老化した組織や個体(klothoマウス、早老症として有名なウェルナー症候群のヒト)でも、PAI-1の発現が高いことが報告されました。当社、東北大学と米国ノースウェスタン大学との共同研究で、老化モデルとして有名なklothoマウスでは、PAI-1の発現や活性を遺伝子あるいはタンパクレベルで阻害することにより、老化の主症状を全て改善できることを明らかにしました(PNAS 2014)。
加齢に関連する疾患
加齢と共に、がん、血管(動脈硬化)、肺(肺気腫、慢性閉塞性肺疾患)、代謝(糖尿病、肥満)、腎臓(慢性腎臓病)、骨・関節(骨粗鬆症、変形性関節症)、脳(脳血管障害、アルツハイマー病・認知症)などの疾患が発症します。興味深いことに、これら疾患の組織では、PAI-1の発現は極めて高くなっています。しかも、国内外の多くの大学等研究機関との共同研究で、我々が開発したPAI-1阻害薬を投与することで、これら疾患動物モデルでの病態は著明に改善できることを明らかにしました(図表8に共同研究成績一覧を記載)。
長寿家系の疫学的調査
米中西部に暮らすキリスト教の一派アーミッシュの人々の健康な老い方については、10年以上にわたって研究が行われてきました。当社は、米国ノースウェスタン大学、東北大学との共同研究で、アーミッシュコミュニティーの人々を調査し、PAI-1遺伝子を持たない人(56名)は、持っている人(165名)に比べて10年長生きすることを見出しました。また、欠損する人々は糖尿病など病気にもかかりにくいことも分かりました(Science Advances 2017)。この事実は、2017年11月にニューヨーク・タイムズ始め、多くの新聞で報道されました。研究代表者のノースウエスタン大学の主任教授は「彼らはより長く生きているだけではない。より健康的に生きている。長生きの理想型だ。」と述べました。このヒトでの疫学調査は、細胞やマウスでの実験結果と一致しています。
< 図表8 PAI-1に関する共同研究成績一覧 >
〔 PAI-1阻害薬〕
PAI-1は血栓の分解(線溶系という)に必要な分子ですが、上述のように、近年では老化や加齢に伴い生じる種々の疾患に関与することを強く示唆する一連の知見が明らかとなっており、創薬の標的と考えられます。しかし、これまでヒトのPAI-1分子の活性を阻害できる医薬品は、臨床応用されていません。当社は、加齢に伴い生じる一連の疾患を治療できる可能性を持ったPAI-1阻害薬の開発に取り組んできました。
ヒトのPAI-1分子の結晶構造を基に、コンピューター工学を利用した約200万バーチャル化合物ライブラリーの探索から約96個のPAI-1阻害候補化合物を取得しました(図表9)。PAI-1活性阻害作用(PAI-1による組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)(*17)阻害抑制)及びPAI-1/tPA複合体の形成阻害を指標として、新規阻害化合物を10年以上かけてこれまで1,300個以上合成スクリーニングし、更にそれらの活性や安全性などを評価する中で、安全性に優れた経口投与可能な臨床開発候補化合物RS5614を取得いたしました。当社のPAI-1阻害薬はPAI-1の曲がりやすい接合部に結合することが示されました(図表10にRS5484を例示、International Journal of Molecular Sciences 2021)。当社のPAI-1阻害薬はPAI-1の曲がりやすさを制限することで不活性型に構造を変化させると考えられます。
< 図表9 新規PAI-1阻害薬の合成と構造最適化による臨床開発候補品の取得 >
(出典:東北大学)
< 図表10 PAI-1とPAI-1阻害薬RS5484複合体のX線構造解析 >
(出典:東北大学)
リード化合物であるRS5275から合成展開を行い、4つの臨床候補化合物RS5441、RS5484、RS5509、RS5614を取得しました。これらは、経口吸収性や体内動態(組織移行性)などそれぞれに特色を持つ化合物で、異なる適応症において有用と考えられます(図表9)。
過去に国内外大手を含む多くの製薬会社やバイオベンチャーが低分子PAI-1阻害薬の創製に挑戦しました。幾つかの薬剤はマウスやラットの動物モデルで有効性が報告され、Wyeth社(現Pfizer社)の製品PAI-749(Diaplasinin)は臨床ステージまで進みましたが、臨床第Ⅰ相試験で開発は中止されました。これまでサルの病態モデルで薬効を示す論文は、当社のRS5275しかありません(J Cereb Blood Flow Metab 2010)。経口での吸収性が極めて高い低分子化合物のために、経口投与でも十分な血中濃度に達します。薬効、動態、安全性、物性の指標でスクリーニングし、最終的に選択された臨床開発品がRS5614です。探索からGLP非臨床安全性試験、GMP合成・製剤、医師主導治験まで、一貫して当社と大学(東北大学、東海大学)との共同研究で開発されました。
〔 RS5614の薬剤概要 〕
臨床開発品のRS5614の製造販売承認申請に必要となる非臨床試験の成績は、薬機法(*18)に基づく医薬品GLP(医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令)とICH(医薬品規制調和国際会議)のガイドラインに従って収集しました。
非臨床安全性GLP試験
1)安全性薬理試験ではhERG試験(10μM)、ラットの中枢神経系(300mg/kg)、サルの心血管系及び呼吸器系試験(300mg/kg)で陰性、2)一般毒性試験ではラットの26週間の経口投与試験(無毒性量400mg/kg/日)、サルの39週間経口投与試験(無毒性量30mg/kg/日)、3)遺伝毒性試験では法定3試験で陰性、4)光毒性試験陰性、5)生殖・発生毒性試験も陰性です。以上の安全性試験の成績を含めて、薬物動態試験や物性データなどの製造販売承認を行うために必要なフルセットでの非臨床試験成績を有しています。
第Ⅰ相臨床試験(健常成人男子)
薬機法に基づくGCP(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)条件下での医師主導治験で、GMP(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理に関する基準)で製造された治験薬を用いて実施しました。第Ⅰ相単回投与試験では、RS5614の240mgまでの安全性が確認され、第Ⅰ相反復投与試験においては、120mgを7日間経口投与した際に発現した有害事象はいずれも軽度でした。
知的財産権
RS5614に関して、当社の知財戦略に従い、物質特許(出願人:株式会社レナサイエンス、最新状況:日本・米国・欧州・カナダ・豪州・中国・韓国・インド 登録済、存続期間満了日:米国 2030年8月7日、日本を含むその他各国 2030年3月31日)だけでなく、非臨床試験から複数の用途特許(①慢性骨髄性白血病治療用途、出願人:株式会社レナサイエンス、最新状況:日本・米国・欧州 登録済、存続期間満了日:2034年4月15日;②免疫チェックポイント阻害用途、出願人:株式会社レナサイエンス、最新状況:出願中、存続期間満了日:2040年9月30日(見込))、更には医師主導治験から得られた結果を基に用法用量特許(出願人:株式会社レナサイエンス、最新状況:出願中、存続期間満了日:2041年5月30日(見込))を出願することで、知的財産権の有効期間を延長しています。
適応症
PAI-1阻害薬は、非臨床試験では加齢に関連する疾患に広く有効である可能性が示唆されていますが、現在臨床試験(医師主導治験)としては、がん領域では慢性骨髄性白血病(CML:前期及び後期第Ⅱ相試験終了、第Ⅲ相試験実施中)と悪性黒色腫(メラノーマ:第Ⅱ相試験実施中)を、呼吸器疾患では新型コロナウイルス感染症に伴う肺傷害(前期第Ⅱ相試験終了、後期第Ⅱ相試験実施中)及び抗がん剤による間質性肺炎の予防・治療(非臨床試験予定)を計画中です。また、FGF23関連性低リン血症性くる病の臨床研究を準備中です。
導出
新型コロナウイルス肺炎治療薬用途及びその他の肺疾患の予防・治療用途ついては、2020年12月に第一三共株式会社とオプション契約を締結し、優先交渉権を許諾しました(「第2 事業の状況 4 経営上の重要な契約等」をご参照ください。)。その他、がん領域(CML、メラノーマ)については別の企業に導出する予定です。
〔 RS5614_慢性骨髄性白血病(CML)治療薬 〕
(対象疾患)
CMLは、造血幹細胞の染色体に異常が起こり、がん化した白血病細胞が無制限に増殖することで発症します。治療の中心となるのはイマチニブなどの分子標的治療薬(チロシンキナーゼ(*19)阻害薬(TKI))です。TKI投与により長期間の寛解を導入しても、休薬すると再発することが示されました。
日本におけるCMLの発症は、10万人に毎年1人程度であり、人数にすると年間約1,300人となります。また、年齢別の発症頻度をみると、小児では稀で、60歳を超える頃から増加します。高齢者人口の増加に伴う発症人数の増加とTKI治療の進歩による死亡率の低下により、総患者数は約15,000人以上と推定され、年々増加傾向にあります。
(概要)
当社は、東海大学との共同研究で、PAI-1欠損マウスにおいて造血幹細胞が末梢血中に動員されること、すなわち、PAI-1が造血を抑制していることを見出しました。また、正常マウスに当社のPAI-1阻害薬RS5509を経口投与すると幹細胞を骨髄ニッチ(*20)から動員できることから、当社のPAI-1阻害薬が造血「再生」を促進することが明らかになりました(Blood 2017)。
骨髄ニッチにある幹細胞ではTGF-β(*21)の作用をうけてPAI-1が細胞内(ゴルジ体という細胞内小器官)に高発現します。マウス幹細胞(Lineageマーカー陰性、Sca-1陽性、c-Kit陽性)だけでなく、ヒト幹細胞(CD33陽性、CD34陽性)においてもPAI-1が高発現することを証明しました。ゴルジ体のなかでPAI-1は細胞内酵素furin(*22)に結合してこれを阻害すると考えられます。その結果、膜型マトリックスメタロプロテアーゼ(*23)の活性化が阻害され、骨髄ニッチからの幹細胞の遊離が阻害されます。実際、移植モデルにおいてPAI-1を過剰発現させた白血病細胞はTKIイマチニブに抵抗性を示します。PAI-1阻害薬は、PAI-1とfurinとの結合を阻害し、膜型マトリックスメタロプロテアーゼを活性化し、骨髄ニッチからの幹細胞の動員を促進する作用を有します(図表11)。
< 図表11 PAI-1阻害薬によるがん幹細胞動員の分子機序 >
(出典:東海大学)
CMLに対する治療薬はTKI(イマチニブ、ボスチニブ、ニロチニブ等)が主流ですが、TKIは、この骨髄ニッチに潜むがん幹細胞には作用しないことから、CMLの根治には至らず、TKIを休薬するとCMLは再発します。東海大学との共同研究で、PAI-1阻害薬が骨髄ニッチからがん幹細胞を遊離させ、TKIの作用を増強させることで、CMLの根治をもたらす可能性が強く示唆されました(Haematologica 2021)。実際に、CMLモデルマウスに本PAI-1阻害薬(RS5614)とTKI(イマチニブ)とを併用すると、TKI単独投与に比べて骨髄に残るがん幹細胞数が著明に減少し、生存率が大きく増加しました(図表12)。
以上、RS5614は、正常骨髄幹細胞と同様にがん幹細胞を骨髄ニッチから遊離させ、結果的にTKIの治療効果を高めることで、CMLを根治させる薬剤となる可能性があることが分かりました。
< 図表12 CMLモデルにおけるチロシンキナーゼ阻害薬とRS5614併用の治療効果 >
(出典:東北大学)
TKIの開発によりCML患者の予後は大きく改善しましたが、新たな課題が明らかとなっています。CMLを治癒するためには30年以上という長期にわたる高額なTKI治療の継続が必要であり、医療経済的な負担に繋がっています。長期継続服用による副作用も問題となっており、心筋梗塞や脳梗塞により死亡する例や網膜動脈閉塞症により失明する例も報告されています。したがって、可能な限り早期にTKI服用を必要としない治癒(Treatment free remission、TFR)に導くことが重要です。最近、深い分子寛解状態(*24)であるDeep molecular response (DMR) (MR4.5; BCR-ABL ISで0.0032%以下のクローンの縮小)が一定期間継続しているCML患者では、TKIの中止後も分子遺伝学的再発がない状態、すなわちTFRが得られることが明らかになりましたが、3年間という最短の治療期間でTFRを目指すことのできる症例の割合は5〜10%にしか過ぎません。さらに、TFRを得る条件として、DMR到達後少なくとも2年以上のDMRの維持が必要とされています。RS5614は、早期に多くのCML患者をTFIに導く新たな作用機序の安全な医薬品候補です。
前期第Ⅱ相試験では、TKI治療を2年間以上実施している慢性期CML患者を対象に、RS5614 120mg/日、4週間併用投与することにより、12週間後のDMR達成率を指標とする医師主導治験を東北大学、秋田大学、東海大学において実施しました。21例が組み入れられ、脱落や中止例はなく、全例が解析対象例となりました。主要評価項目の結果は、21例中DMRを達成した症例は4例で、12週時の累積DMR達成率は20.0%でした(ヒストリカルコントロールとして3か月時点での閾値に設定した平均的累積DMR達成率は2%)。
安全性評価では、解析対象例の全21例に副作用は認められませんでした。
以上の結果より、有効性では、12週間後の累積DMR達成率20.0%がTKI治療におけるヒストリカルコントロールとして3か月時点での閾値に設定した平均的累積DMR達成率2%以上の成績であったことから、RS5614併用投与により累積DMR達成率の上昇効果が確認できました。また、本治験のRS5614投与期間は4週間でしたが、BCR-ABL値が投与期間の経過に伴い低下し4週時には有意(対応のあるt検定;P=0.0386)に低下しました。このことから、RS5614の投与をさらに継続した場合、累積DMR達成率のさらなる上昇効果が期待できると考えられました。
後期第Ⅱ相試験では、慢性期CML患者を対象にTKIとRS5614(150mg/日より開始し、180㎎/日に増量可)を併用し、RS5614投与開始後48週のDMRの累積達成率をヒストリカルコントロール8%と比較して33%に上昇させることを確認することと、RS5614及びTKIの長期併用時におけるRS5614の薬物動態及び安全性の確認を目的に実施しました。33例中DMRを達成した症例は11例で、48週時の累積DMR達成率は33.3%でした(POC取得)。特筆すべきは、TKI治療期間が3年以上5年以下の患者では累積DMR達成率は50.0%に達しました。安全性は、治験薬との因果関係で重篤な有害事象はありませんでした。(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
〔 RS5614_新型コロナウイルス肺炎治療薬 〕
(対象疾患)
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)の世界的な蔓延は、社会的にも喫緊の課題です。感染者の約80%は軽症で経過しますが、特に高齢者や基礎疾患を持つ患者などでは重症化し、重症の肺炎や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に至ります。重症肺炎の患者では、人工呼吸器や人工肺(ECMO)の治療が必要となりますが、今後も急速に患者が増加する場合には、そのような機器や重症患者を隔離できる病床が不足する事態(医療崩壊)が想定されます(図表13)。
<図表13 新型コロナウイルス感染症の治療戦略>
(出典:当社作成)
また、軽症例の自宅療養(感染者の76.4%、2022年5月18日)や宿泊療養(5.4%)の措置がとられていますが、発病当初は軽症であっても一部、急速に重症化する患者の存在が問題になっています(療養状況等及び入院患者受入病床数等に関する調査について|厚生労働省 (mhlw.go.jp))。現在は、ワクチンの普及などにより今までのような感染拡大は起こりにくくなるかもしれませんが、変異株の問題等、なおも今後の状況を注視する必要があります。
(概要)
当社は、肺炎の重症化を防ぐ治療薬、特に外来での処方も可能で自宅でも服用できる安全性と利便性の高い予防・治療薬(経口薬)を開発し、患者の延命のみならず、医療現場の負担軽減、医療資源の有効活用に寄与したいと考えています。COVID-19による重症肺炎患者では、炎症、線維化など病変が急速に進行し、凝固系亢進の特徴的な所見が認められます。COVID-19肺炎に極めて特徴的な所見は、肺内のフィブリン微小血栓です。COVID-19の中程度から重篤の肺傷害を呈するCOVID-19肺炎患者にプラスミノーゲンを投与すると肺傷害が速やかに改善されること(QJM. 2020)、またCOVID-19感染成人患者では血中t-PA/PAI-1、d-dimer高値など、血液凝固亢進と死亡率が有意に相関することが報告され(J Thromb Haemost 2020)、PAI-1阻害薬の適応が示唆されます。更に、COVID-19肺傷害に対するPAI-1阻害薬の有効性を強く示唆する知見として、RS5614がブレオマイシン(Arterioscler Thromb Vasc Biol 2008)やTGF-β(Am J Respir Cell Mol Biol 2012)で誘発される肺の線維化を抑制すること、肺の炎症を改善すること(Arterioscler Thromb Vasc Biol 2013;Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 2016)、Klotho老化モデルやNO誘導での肺気腫病変を改善できること(Proc Natl Acad Sci USA. 2014;PLoS One 2015)、肺上皮細胞保護をもたらすこと(Am J Respir Cell Mol Biol 2019)、など種々の肺傷害(気腫、線維化、炎症)の改善と上皮細胞保護作用を示すことなどが、国内外との共同研究で明らかになりました。
当社のPAI-1阻害薬RS5614の第Ⅰ相試験(反復投与)において、被験者の血液中のPAI-1活性とtPA活性を測定したところ、120mg投与後8時間をピークとして著明にPAI-1活性が低下し、tPA活性が上昇することが示されています。この作用は投与7日目でも維持されておりました。このことから、RS5614はPAI-1の阻害により線溶系を活性化し、亢進している凝固系を抑制することで、COVID-19肺炎での微小血栓を溶解し、延いては肺傷害の重症化を阻害するものと期待されます。
COVID-19の治療に用いられている抗ウイルス薬、ステロイドなどとは、PAI-1阻害薬は全く作用機序が異なっており、併用投与することも可能です。また、COVID-19肺傷害の治療として、トシリズマブ等の抗体医薬が治療に用いられていますが、RS5614は経口投与可能な低分子薬剤です(図表13)。なお、トシリズマブは、IL-6を抑えることにより、サイトカインストームによる肺炎重症化を防ぐことが示唆されておりますが、サイトカインストーム及びトシリズマブの作用機序として、COVID-19によって生じた血中のIL-6がPAI-1を介して血栓形成を促進することが重要であると報告されています(PNAS 2020)。
COVID-19肺炎に対するPAI-1阻害薬の有効性及び安全性を評価するために、国内の7か所の医療機関で多施設共同での前期第Ⅱ相医師主導治験(非盲検試験)を実施しました(AMED「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(第4次)」で助成)。本治験は、COVID-19感染拡大の第2波と第3波の間の感染者の少ない時期に当たりましたが、2020年10月に最初の被験者が登録され、2021年3月に完了という迅速かつ効率的な治験となりました。非盲検試験であったことから、有効性の検証は困難ですが、主要評価項目(人工呼吸器管理が必要となる酸素化の悪化の有無)では悪化した患者は無く、また副次項目(治験薬投与28日間の生存)では全症例生存、副次項目(治験薬投与開始後の酸素投与必要日数)では5L以上の酸素投与量を必要とする患者は1日目3名から3日目0に、また2Lより多く5L未満の酸素投与量を必要とする患者は1日目5名から10日目0名になりました。さらに、副次項目(治験薬投与前後の胸部CT画像上の肺野病変の割合の変化)では、中止例及び未登録例を除く18例について有意な変化を認めました(p = 0.0018)。治験薬との因果関係の可能性がある重篤な有害事象はなく、COVID-19感染者でのRS5614の安全性が確認されました(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
次相後期第Ⅱ相試験(医師主導治験)は、2021年6月から国内主要医療機関(20施設)で開始しました(AMED「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(第5次)」で助成)。また、国内の治験と並行して、米国、トルコ共和国でも同薬剤を用いて類似のプロトコールで医師主導治験(第Ⅱ相試験)を実施しています(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
〔 RS5614_悪性黒色腫(メラノーマ) 〕
(対象疾患)
メラノーマは、表皮にあるメラノサイトと呼ばれる色素を作る細胞又は母斑細胞が悪性化した腫瘍で、皮膚がんの中でも転移率が高くきわめて悪性度が高いとされています。日本における罹患率は10万人当たり1~2人で、海外に比較すると少なく、国内の患者数は約4,000人、年間約700人がメラノーマにより死亡していると報告されています。国内の患者では、海外とは異なるサブタイプのメラノーマが多いことから、国内の根治切除不能メラノーマ患者では、米国のNCCNガイドラインで推奨されている抗PD-1抗体(ニボルマブ、商品名オプジーボ)単剤療法による治療が奏効しづらいとされています(Ann Oncol 2020)。現在、抗CTLA4抗体(イピリムマブ、商品名:ヤーボイ)が保険適応され、ニボルマブとの併用による奏功率が33.3%と、ニボルマブ単剤のそれ約20%と比べて高いのですが、併用患者の約70%で重度の免疫関連副作用により、数か月に及ぶ入院やがんに対する治療の停止がおこることが社会問題になっています。更に、2種類の抗体医薬による高額医療費の課題もあり、抗体医薬とはモダリティが異なる経口投与可能で、副作用がなく、奏効率を上昇させ、抗体医薬より安価な併用薬が望まれています。
(概要)
当社は、東北大学との共同研究から、RS5614がメラノーマ細胞株を移植したマウス担がんモデルにおいて、抗PD-1抗体のメラノーマに対する治療効果を増強することを証明しています。そのメカニズムは、東海大学との共同研究により、RS5614は免疫チェックポイント分子の発現を阻害し抗PD-1抗体が作用し易いように腫瘍内免疫環境を改善すると考えられます(図表14)。
<図表14 RS5614の免疫チェックポイント分子阻害作用>
(出典:当社作成)
ニボルマブとイピリムマブの2種類の免疫チェックポイント阻害薬(*25)の併用により重度の免疫関連副作用が出現するのに対して、ニボルマブとRS5614の併用では、重度の有害事象が起こる可能性は低いと示唆されます(両薬の作用機序は異なり、RS5614と抗PD-1抗体の薬剤相互作用が生じる可能性も考えにくい)。
他の癌腫(大腸がん)においても抗PD-1抗体とRS5614が相乗的に抗腫瘍作用を示し、腫瘍が退縮することが示されました。
当社は、NPO法人「Japan Skin Cancer Network(JSCaN)」を立ち上げてメラノーマの治療成績向上のために連携している東北大学、筑波大学、都立駒込病院、近畿大学、名古屋市立大学、熊本大学の6大学との多施設共同で、RS5614とニボルマブとの併用による有効性及び安全性を確認する医師主導治験(第Ⅱ相試験)を2021年7月から実施しています(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
〔 RS5614_抗がん剤による間質性肺疾患の予防・治療 〕
(対象疾患)
いくつかの抗がん剤の重大な副作用として多くの患者が間質性肺疾患を呈し、その一部は死亡に至ることがあります。
(概要)
新型コロナウイルス肺炎治療薬のところで述べたように、PAI-1阻害薬RS5614は、様々なモデルで肺炎症、肺線維症、間質性肺炎を予防・治療することができます。抗がん剤治療により生じる間質性肺炎もRS5614で予防や治療可能ではないかと考え、京都大学と共同でRS5614の有効性につき検討する予定です。非臨床試験成績の結果で、RS5614の有効性を確認できれば、医師主導治験での臨床開発に進める予定です。
〔 RS5614_ FGF23関連性低リン血症性くる病の予防・治療 〕
(対象疾患)
過剰産生された繊維芽細胞増殖因子23(fibroblast growth factor23:FGF23)により尿中のリン排泄が亢進し、低リン血症から骨変形や成長障害など生じる希少疾患です。
(概要)
RS5614によりFGF23が分解されることが報告され、FGF23関連性低リン血症性くる病の病態を改善できる可能性が示唆されました(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
〔 RS5441_男性型脱毛症治療薬 〕
(対象疾患)
毛髪は複数の相からなる周期を持って成長し、毛が伸びる成長期、毛が抜けやすくなる退行期、毛が抜ける休止期があります。男性型脱毛症(AGA)は,毛周期を繰り返す過程で成長期が短くなり,休止期にとどまる毛包(毛根を包み成長させる組織)が多くなることを病態の基盤とし,臨床的には前頭部や頭頂部の頭髪が,軟毛化して細く短くなり,最終的には頭髪が皮表に現れなくなる現象で、いわゆる禿げになります。外見上の印象を大きく左右するのでQOLに与える影響は大きいと考えられます。日本人男性の場合は、20歳代後半から徐々に進行して40歳代以後に完成され、その頻度は50代以降で 40%以上になります。男性型脱毛症の発症には遺伝と男性ホルモンが関与しますが、遺伝的背景としては X 染色体上に存在する男性ホルモンレセプター遺伝子の多型や常染色体の 17q21や20p11に疾患関連遺伝子の存在が知られています(男性型及び女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版)。男性型脱毛症(AGA)に対して著明な発毛・育毛効果を認める薬はまだありません。外用薬で処方薬として認められているミノキシジルの効果は弱く、5α-還元酵素Ⅱ型阻害薬(5-ARI)であるフィナステリドは性欲減退や勃起不全などの副作用があります。
(概要)
米国ノースウェスタン大学でPAI-1を過剰発現するトランスジェニックマウス(*26)を作成したところ、脱毛が著しいことが明らかとなりました(J Thromb Haemost 2007)。当社のPAI-1阻害薬RS5441を当該マウスに与えたところ、著明な発毛が認められました。RS5441の投与により総毛包数が93.5%増加し、退行期の毛包数は64%減少しましたが、成長期と休止期の毛包数はそれぞれ62%と80%増加し、8週間の投与期間にわたって外観は正常化しました。幹細胞特性を持つCD34陽性静止幹細胞は、トランスジェニック毛包には存在しませんでした。また、K15陽性の上皮幹細胞プールはトランスジェニック毛包で枯渇しており、成長期の毛包の増殖細胞を染色するKi67抗体による組織染色やBrdU標識実験は、トランスジェニック毛包の細胞増殖率の大幅な増加を示しておりました。以上のことから、PAI-1のトランスジェニック過剰発現は、脱毛症及び毛包の循環と成長の障害に関連しており、PAI-1阻害薬が脱毛症の予防と治療に役立つ可能性を強く示唆しました。
当社は、2016年6月に皮膚科疾患用途におけるRS5441の独占的権利を米国エイリオン社に許諾しました。同社は、今後、RS5441に係るIND(*27)に必要となる毒性試験を実施し、次のステップとして2022年にヒト(人)での第Ⅰ相試験に移行する予定です。
〔 ピリドキサミンと精神疾患 〕
私たちが喜怒哀楽を感じたり、様々なことを感じたりする時、脳内では「神経伝達物質」が行き交っています。神経伝達物質は神経細胞と神経細胞を接続する部分(シナプス)から分泌され、他の神経細胞へ情報を伝達します。神経伝達物質には様々な種類があり、その中でアミノ基を有した物質を脳内モノアミン(*28)と言います。代表的なものとして、抗ストレス作用を有するγ-アミノ酪酸(GABA)(*29)、精神安定をもたらすセロトニン(*30)、意欲や多幸感を高めるドーパミン(*31)などがあり、これらは自閉スペクトラム症、月経前症候群 / 月経前不快気分障害、統合失調症などの精神疾患の発症に関与することが知られています。
当社で開発中のRS8001(ピリドキサミン)は、天然ビタミンB6のひとつのタイプです。水溶性のビタミンで、極めて安全な医薬品ですが、日本を含めて先進国では未承認の医薬品です。ピリドキサミンは、GABAやセロトニンの産生や代謝を改善し、脳内でのこれら神経伝達物質の増加をもたらすことが、化学反応や動物試験から推測されています。
当社は、東京都医学総合研究所と共同で、自殺や殺人といった自傷他害行為を伴う重篤な統合失調症の多発家系からグリオキサラーゼ1(GLO1)遺伝子変異が原因であることを見出しました(図表15)(Arch Gen Psychiatry 2010)。
グリオキサラーゼは解糖系から生成する反応性カルボニル化合物(RCOs)であるメチルグリオキサールを無毒化するので、グリオキサラーゼの活性低下に伴い蓄積するRCOsにより脳内モノアミンが捕捉されてしまうことが、統合失調症の一部の発症機序であることと示唆されました。また、東北大学との共同研究で、ピリドキサミンがカルボニル化合物と脳内モノアミンの反応を阻止することを発見しました。ピリドキサミンは、脳内モノアミン生合成に不可欠な補酵素としてその産生を促進するだけでなく、カルボニル化合物による脳内モノアミンの分解を阻害することで、脳内モノアミンの量を調節する作用を有すると考えられます。(図表16)
< 図表15 GLO1遺伝子異常家系 >
(出典:東北大学、東京都医学総合研究所、理化学研究所)
< 図表16 ピリドキサミンの作用機序と天然ビタミンB6の構造 >
■ピリドキサミンの作用コンセプト
(出典:東北大学)
実際に、マウスでのin vivoマイクロダイアリシス実験において、脳の細胞外液に含まれる各種伝達物質を、最新の質量分析技術で解析したところ、ピリドキサミン投与により、前頭前皮質(PFC)(*32)のGABA濃度は変化しませんでしたが、海馬(Hippocampus)(*33)及び線条体(Striatum)(*34)で脳内GABA濃度が上昇していました。神経細胞にチャネルロドプシン(*35)という光感受性分子を発現するラットを使い、光ファイバーを介して海馬の神経細胞を刺激し、オプトジェネティクス法を用いてピリドキサミンの作用を検討したところ、光刺激を繰り返すとラットは興奮性の発作を引き起こしますが(4日目がピークとなる)、ピリドキサミン投与により発作は著明に抑制されました。このようにピリドキサミンは神経細胞の過剰な興奮性を抑制します。
〔 ピリドキサミンの薬剤概要 〕
ピリドキサミンの製造販売承認申請に必要となる非臨床試験の成績は、薬機法に基づく医薬品GLP(医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令)とICH(医薬品規制調和国際会議)のガイドラインに従って収集しました。
非臨床安全性GLP試験
1)安全性薬理試験ではhERG試験で陰性、2)ラットの中枢神経系(1,000mg/kg)、イヌの心血管系及び呼吸器系試験(300mg/kg)で陰性、3)一般毒性試験ではラットの6か月間経口投与試験(無毒性量100mg/kg/日)、イヌの12か月経口投与試験(無毒性量50mg/kg/日)、4)遺伝毒性試験は3法定試験で陰性、5)生殖・発生毒性試験も陰性です。以上の安全性試験の成績を含めて、薬物動態試験や物性データなどの製造販売承認を行うために必要なフルセットでの非臨床試験成績を有しています。
第Ⅰ相臨床試験(健常成人男子)
薬機法に基づくGCP(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)条件下での医師主導治験で、GMP(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理に関する基準)で製造された治験薬を用いて実施しました。第Ⅰ相単回投与試験では、RS8001の1,200mgまでの安全性が確認され、第Ⅰ相反復投与試験においては、900mg(1日2回分服)を7日間経口投与した際に発現した有害事象はいずれも軽度でした。
知的財産権
RS8001について、パイプライン各適応症の用途特許を出願しており、そのうち自閉スペクトラム症と統合失調症は主要国にPCT出願しています(①自閉スペクトラム症用途特許、出願人:株式会社レナサイエンス、最新状況:日本・米国 登録済、存続期間満了日:日本 2036年3月2日、米国 2038年9月25日;②月経前不快気分障害及び/又は月経前症候群用途特許、出願人:株式会社レナサイエンス、最新状況:日本 登録済、存続期間満了日:2035年12月28日;③統合失調症用途特許、出願人:株式会社レナサイエンス・東京都医学総合研究所、最新状況:日本・米国・欧州 登録済、存続期間満了日:日本 2027年8月20日、米国 2029年3月26日、欧州 2028年7月31日)。また、RS8001大量投与に伴いビタミンB1欠乏(ウェルニッケ脳症(*36))が起こることを見出したので、ビタミンB1(チアミン)と組み合わせて予防する特許も日本及び米国に出願して権利を補強しています(出願人:株式会社レナサイエンス、最新状況:日本 登録済、米国 出願中、存続期間満了日:2035年8月26日)。また、三井化学株式会社と、RS8001を組換え微生物で製造する製法特許を共同で出願しています(出願人:三井化学株式会社・株式会社レナサイエンス、最新状況:日本 出願中、存続期間満了日:2037年5月12日(見込))。
適応症
これまでに、自閉スペクトラム症に対する臨床研究と第Ⅱ相医師主導試験を実施済、現在月経前症候群(PMS)及び月経前不快気分障害(PMDD)に対する臨床研究の後に第Ⅱ相医師主導治験を実施中、統合失調症に対する前期第Ⅱ相医師主導試験と後期第Ⅱ相医師主導試験を実施済です。なお、更年期障害の臨床研究を実施する予定です。
第Ⅱ相臨床試験(医師主導治験)の課題
精神領域での薬剤の有効性を評価する第Ⅱ相試験で重要な点は、1)適切な対象患者の選定と2)プラセボ効果を減少する治験計画です。自閉スペクトラム症、月経前症候群(PMS)、統合失調症はいずれも多様な精神症状を呈するheterogeneous(質的に異なる)な疾患集団ですが、ピリドキサミンは全ての症状に有効な薬剤ではありません。本薬剤の有効性を適切に評価するための対象患者を適切に選択することが重要な課題であり、自閉スペクトラム症では知覚(聴覚)過敏の患者集団を、月経前症候群(PMS)では精神症状の強い患者集団を、統合失調症では陰性症状を呈する患者集団を治療対象と考えます。heterogeneous(質的に異なる)な疾患や症状のために統計学的な有意差を得るには多くの症例数が不可欠です。また、精神領域での治験では、プラセボ効果が強く影響することが治験の評価を困難にする大きな原因となっています。そこで、最近実施したPMS/PMDDの第Ⅱ相試験では、最初にプラセボ薬のみを登録患者全員に服用頂き、有効性を認めた患者(プラセボ効果が高い患者集団)を除外した患者を対象に、実薬とプラセボ薬の二重盲検法による試験(プラセボリードイン方式)を採用し、プラセボ効果の排除による適切な薬剤評価の手法を採用しています。
導出
統合失調症は興和株式会社に導出し、同社による後期第Ⅱ相試験(プラセボ対照二重盲検試験)が2020年度終了しました(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。また、2019年12月に、あすか製薬株式会社に対して月経前症候群に伴う精神症状 / 月経前不快気分障害(PMS/PMDD)のライセンス契約に関するオプション権を許諾しています。
〔 RS8001_自閉スペクトラム症治療薬 〕
(対象疾患)
少子高齢化を迎えた日本で、心身健全な青少年の育成は将来につながる大きな希望です。医療の進歩により、青少年の肉体面での病気は克服されつつありますが、一方心の病気は未だ原因や治療が解明されておらず、学業就労、社会生活に問題を抱える青少年も多く存在します。自閉スペクトラム症(ASD)(*37)は、有病率が3~6%と高く、コミュニケーション障害や易刺激性(*38)、感覚過敏や鈍麻による学校や社会生活への深刻な影響から、治療法の確立は喫緊の課題です。現在の治療(リスペリドン(*39)、オキシトシン(*40)、SSRI(*41)など)の有効性は未だ十分ではなく、何より副作用のため、より安全でかつ有効な医薬品の開発が待ち望まれています。
(概要)
ASDに伴う感覚過敏/鈍麻の機序としては、GABA作動性抑制性神経細胞の機能不全により、感覚器からの求心神経の興奮制御が出来ないことが報告されました。ピリドキサミンは脳内GABA濃度を増加させる効果を持ちますので、自閉スペクトラム症についても一定の効果が期待できると考え、東北大学と共同で臨床研究を実施しました。年齢に応じた1日投与量[12~20歳、800mg(2分割);20歳以上、1,200mg(2分割)](ビタミンB1 50mg(2分割)併用)を8週間投与し、探索的に有効性(保護者による異常行動チェックリスト日本版に基づく)を評価したところ、7例中5例で興奮性スコアの改善が認められ、特に感覚過敏(聴覚過敏)を伴った易刺激性の改善が顕著でありました。
自閉スペクトラム症ではリスペリドンやアリピプラゾール(*42)といった抗精神病薬が治療に用いられますが、小児患者が多いことから、抗精神病薬特有の副作用が懸念されています。これまでの臨床試験あるいは臨床研究で安全性の問題がほとんどないピリドキサミンはこのような小児疾患への有用性が期待されます。
東北大学を中心とする13施設の共同で、プラセボ対照二重盲検の第Ⅱ相医師主導治験を2018年に開始し、2020年11月にLPO(最後の被験者の最終観察)を終了し、2021年6月には治験総括報告書を完成しました(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
〔 RS8001_月経前症候群(PMS)及び月経前不快気分障害(PMDD)治療薬 〕
(対象疾患)
精神症状を伴うPMS、その重症型であるPMDDは、月経前の不快な精神症状を特徴とし、女性のQOL上重要な医学的課題です。PMSは成熟期女性の50〜80%、PMDDは2〜5%に認められ、多くの女性が苦しんでいるといわれております。政府の成長戦略においても「女性の活躍促進」は重要課題として位置付けられ、女性が活躍できる環境整備が唱えられており、PMS/PMDDに対して安全で有効な治療法の開発は、医学的かつ社会的にも重要な意義を持つと考えます。
PMS/PMDDに対しては、ホルモン療法、更には抗うつ薬(SSRI)や低用量ピルが適応外処方で使用されていますが、抗うつ薬投与による自殺念慮・自殺企図や低用量ピルによる血栓症のリスクなどの副作用があります。更に、抗うつ薬やホルモン療法に対する一般女性の抵抗感もあり、これらの治療は普及していません。
(概要)
東北大学は、AMEDの「女性の健康の包括的支援実用化研究事業」において精神症状を伴うPMS及びPMDDにおけるピリドキサミンの有効性に関する検討(臨床研究)を行いました。
上記PMS/PMDDの臨床研究から、ピリドキサミンの有効性が確認され、安全性の懸念が少ないことが明らかになりました。当社は、2019年度にAMEDの医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)に採択され、近畿大学、東北大学、東京医科歯科大学、東京女子医科大学で第Ⅱ相医師主導試験を、当初の予定である2021年2月より早い2020年11月から開始しました。(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
〔 RS8001_統合失調症治療薬 〕
(対象疾患)
統合失調症は、幻覚や妄想という症状が特徴的な精神疾患です。それに伴い、人と交流しながら家庭や社会で生活を営む機能が障害を受け(生活の障害)、「感覚・思考・行動が病気のために歪んでいる」ことを自分で振り返って考えることが難しくなりやすい(病識の障害)、という特徴を持っています。治療は、精神療法やリハビリテーションなどの心理社会療法と薬物療法を組み合わせて行われます。現在、薬物療法は非定型抗精神病薬(*43)が中心となっていますが、統合失調症の陰性症状や認知機能障害に対する効果は十分とはいえません。
(概要)
株式会社プロジェクトPM(当時のレナサイエンス子会社)、東北大学及び東京都立松沢病院との共同で、2011年10月から統合失調症患者を対象に医師主導前期第Ⅱ相試験を実施しました。カルボニルストレスを呈する(血中ペントシジン(*44)濃度が55.2ng/mL以上)、重篤な統合失調症患者10例に1日当たり1,200mg~2,400mgのピリドキサミン(1日3回経口)を24週間投与したところ、7例で、カルボニル化合物が蛋白質と非酵素的に共有結合して生成されるAGE(終末糖化産物)(*45)のひとつであるペントシジンの血中濃度が低下し、ピリドキサミンがカルボニルストレスを改善することが確認されました(Psychiatry Clin Neurosci 2018)。
更に、304例の統合失調症患者の調査結果により、39%の患者で血中ペントシジンが上昇しており、更にこのうち45%でビタミンB6が低下していることから、およそ17%の患者がカルボニルストレスを呈することが分かっています(精神神経学雑誌 2012)。また、高度のカルボニルストレスを呈する統合失調症患者は、入院患者に多いことと高用量抗精神病薬を処方されているといった、治療抵抗性患者と同様な特徴を有することも見出しました(Schizophrenia Bulletin 2014)(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
〔 RS8001_更年期障害 〕
(対象疾患)
更年期の女性では、内分泌学的変動に加えて心理・社会的ストレスが加わることにより、ホットフラッシュ・発汗などの血管運動神経症状、易疲労感・関節痛などの身体症状、うつ・不安・不眠などの精神症状を発現し、生活に支障をきたす状態を更年期障害と呼びます。更年期障害に対する代表的な薬物療法としてエストロジェンを少量補充するホルモン補充療法がありますが、有害事象に対する危惧などから日本での使用率は2%程度に留まっており、多くの患者が不正確な情報を基に自己判断で様々な補完代替療法を行っているのが現状です。
(概要)
東京医科歯科大学・女性健康医学講座では、更年期女性のQOLを低下させる2大症状であるホットフラッシュとうつ症状のそれぞれに関して、ビタミンB6の摂取量と症状の重症度とが逆相関することを見出し、更年期障害の2大症状に対してピリドキサミンが治療的効果を持つという仮説を立てるに至りました。
本プロジェクトでは、東京医科歯科大学と共同で、臨床研究において更年期障害に対するピリドキサミンの有用性を検討します。
(c) RS9001(ディスポーザブル極細内視鏡)
(バイオデザイン)
優れた技術があっても、医療現場の課題やニーズに合致していなかったり、医療現場のスペックに不適切であるなどの理由から、医療応用(実用化)が難しい事例は多く、技術を有する多くの企業でもこの問題に直面しています。当社は、医療現場のニーズを出発点として問題の解決策を開発し、医療現場で最終製品をイメージして最適化開発を行い、イノベーションを実現する「バイオデザイン」という手法を用いて、ディスポーザブル極細内視鏡を開発しました(図表17)。
< 図表17 当社のディスポーザブル極細内視鏡開発手法 >
(出典:東北大学)
(研究概要)
腹膜透析(*46)は在宅透析を可能とし、医療経済的にもメリットのある治療法です。血液透析患者では新型コロナウイルス感染症の重症化が問題となっていますが、在宅医療を基本とする腹膜透析医療では感染拡大の機会も血液透析(週3回4時間、密な状態で医療機関で実施)に比べて少なく理想的な治療法です。しかし、腹膜が経年劣化し重篤な合併症を引き起こす事があるので、5年程度で中断を強いられています。現状では腹膜の状態を確認するためには、開腹手術若しくは腹腔鏡による観察しかありません。
腹膜透析患者は、透析液を注入するチューブを常に腹膜に挿入した状態にあります。当社は、この細いチューブを通して挿入し、非侵襲的に腹腔内を観察する極細内視鏡を東北大学等複数の大学と共同開発しました。多くの医師の意見を基に、ファイバースコープの技術を有する企業に受託し、医療現場のスペックに適した外径約1mm程度のディスポーザブル製品です。順天堂大学、東京慈恵会医科大学で医師主導治験を実施しました。本医療機器は、従来の消化器系の内視鏡とは異なるコンセプトで開発されたもので、胃瘻チューブ、尿道バルーン、気管チューブ、注射針からの挿入が可能で、様々な臨床的有用性も期待できます(図表18)。2020年5月に、大手医薬品及び医療機器会社であり腹膜透析医療におけるリーディングカンパニーである米国Baxter Healthcare Corporation(以下バクスター社)と共同開発及び事業化に関する契約(ライセンス契約)を締結しました。2021年3月にPMDA相談を終了し、現在薬事承認申請準備中です(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
< 図表18 内視鏡全体図 >
腹腔内を直接観察するためには、外科的手術が必要で、実施可能な施設も
限られていたが、既に患者が装着しているカテーテルを活用することにより
侵襲性が低く、経時的に直視下で観察可能となります。
(出典:当社作成)
(d) 人工知能(AI)を活用した医療ソリューション
「医療分野へのAIの応用」は大きな可能性を秘めた医療テーマですが、研究開発に重要な役割を演じている参画者らが、それぞれ課題を抱えている状況です。医師と医療機関は、医療の課題や問題(ニーズ)を熟知し、豊富な医療データやアイデアなどを有してはいるものの、AIの知識やAIベンダーとのネットワークが乏しく、具体的な研究開発に着手できない状況です。一方、AI技術を有するITベンダーは、医療分野への応用に興味はありますが、医師や医療機関とのネットワークが少なく、また、医療ニーズや薬機法など薬事行政の経験も不充分で、医療現場での本格的な開発は難しい状況です。更に、AIの医療応用を事業化したいと考える出口の製薬・ヘルステック企業も、研究から事業開発まで自社単独で全て対応することは時間的にもリソースの観点からも困難な場合も多いといえます(図表19)。
<図表19 AIに興味を持つ参画者の課題>
(出典:当社作成)
当社は、1)医療ニーズの把握と医療現場での開発を重視する視点、2)多くの医師や診療科とのネットワーク、3)医薬品や医療機器の医師主導治験で蓄積された経験やノウハウを基に、医師と医療機関、AI技術を有するITベンダー、出口の製薬・ヘルステック企業間を結ぶハブとなり、医療分野でのAI研究から事業までを繋げるエコシステムの構築に取り組んでいます。薬機法に則った臨床試験(医師主導治験)が実施できるために、実地臨床に役立てられる本格的な医療ソリューション(診断、治療)の開発が可能になります。現在、呼吸機能検査診断、透析医療支援システム、糖尿病治療支援システム、発音・発語及び嚥下機能診断、小児発達障害(識字障害)音読診断の5つの開発パイプラインを有しています(図表21)。今後、医療ニーズがあり、取り組むべき医療分野に逐次展開していく方針です。
<図表20 当社をハブとするAI医療ソリューション開発体制>
(出典:当社作成)
< 図表21 AIソリューション開発パイプライン >
(出典:当社作成)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な蔓延で、研究のあり方も大きく変わりつつあります。ポストコロナ時代には、ウェットラボ(化学系、生物系)に加えて、リモート研究で実施できる情報工学系のドライラボ研究、特にAIを活用した効率的な研究がライフサイエンス領域で台頭することは間違いありません。当社の事業パートナーはこれまでは主として製薬企業でしたが、今後は、NECソリューションイノベータ株式会社のようなIT企業との研究及び事業連携を推進し、当社が実施する医師主導治験の患者選択、治験デザイン、データ解析などにもAIを活用したいと考えます。
〔 RSAI01_呼吸機能検査診断 〕
(研究概要)
世界保健機関(WHO)では、がん・糖尿病・循環器疾患に加えて呼吸器疾患を重要な非感染性疾患(NCDs)として考えています。代表的な呼吸器疾患は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息などです。厚生労働省「健康日本21」の改定でも、COPDは重要な疾患として取り上げられ、「肺の生活習慣病」と言われています。しかし、呼吸器機能を診断する検査の普及が不充分なために、COPDなど呼吸器疾患の有病率、罹患率、死亡率などは明らかでは有りません。
呼吸器疾患や呼吸器機能の検査の中でスパイロメトリー(*47)が最も重要ですが、その普及は進んでいません。被験者(患者)の協力(努力呼吸)が必要である点に加えて、正しく検査が行えたかどうかを判定し、かつ出力された結果(フローボリューム曲線)を解釈することが非専門医には難しいためです(図表22)。非専門医でも簡便に結果解釈できるシステムの開発は、呼吸器疾患を診断し、早期治療を行う上で重要な医療課題と考えられます。
当社は、京都大学及びNECソリューションイノベータ株式会社と共同研究を実施中で、スパイロメトリーの検査結果(フローボリューム曲線)から呼吸器機能や疾患を診断するAIアルゴリズムを開発しています。本検査から得られる曲線パターンを自動解析できるAIツールの開発により、検査の解釈が非専門医でも可能となり、呼吸器疾患の早期診断、早期介入が期待されます。2020年7月にスパイロメトリーのリーディングカンパニーであるチェスト株式会社と共同開発及び事業化に関する契約(ライセンス契約)を締結し一時金を受領しました。(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)
< 図表22 スパイロメトリー検査(フローボリューム曲線)での診断 >
(出典:当社作成)
〔 RSAI02_慢性透析システム支援 〕
(研究概要)
血液透析は慢性腎不全患者の生命維持に必要な治療です。患者数は33万人を超え、医療費は1兆円を超えます。通常、透析病院では数十名の患者を対象に、1名の医師、数名の看護師や臨床工学技士を中心に管理が行われていますが、人的資源は充分ではなく、透析中に発生する急激な低血圧(Intradialytic Hypotension:IDH)などの合併症の発生は、少ない人的資源を消費し、更には患者の生命予後にも悪影響を及ぼすために、重要な医療課題となっています。現在の技術では、一定の割合で発生するIDHなどイベントを事前に予測することはできません。
当社は、東北大学、東京大学、聖路加国際大学、更には複数の民間医療機関、及び日本電気株式会社(NEC)とIDHなど不快な症状を伴うイベントを事前に予測する人工知能(AI)アルゴリズムを共同開発しています。当社がもつ医療ネットワークを活用することで、複数の医療機関から質の高い医療データを収集できます。初期分析は3医療機関1,700透析治療のデータを用いてAI分析、更に、データ数を14,000透析治療に増加することで分析精度の上昇も確認しました。そこで、国内最大規模の透析医療グループとの共同研究を開始することにより、3,000症例(透析回数80万件)の医療データ(患者情報、透析情報、検査情報)を取得し、ディープラーニングをベースにしたAIエンジン(DCCN: Dual-Channel Combiner Network)で取り組み、現時点でAUC0.80の精度で透析中血圧低下(20mmHg以下)を予測可能なAIを得ています(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
〔 RSAI03_糖尿病治療支援システム 〕
(研究概要)
糖尿病患者数は国内で1,000万人以上と予想され、年間医療費は1兆2千億円と試算されています。糖尿病治療を取り巻く治療薬も次々と開発され、治療のオプションが急激に拡大しています。以前はインスリン、経口糖尿病薬の種類も限られていましたが、現在ではインスリンだけでも6種類あり、経口糖尿病薬に至ってはビアグナイド薬、スルホニル尿素(SU)薬、SGLT2阻害薬、インスリン抵抗性改善薬(チアゾリジン薬)、α-グルコシターゼ阻害薬(α-GI)、速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)、DPP4-阻害薬などが販売されており、一般開業医には最適な治療の選択が難しくなっています。
糖尿病の血糖値を厳格にコントロールし、糖尿病合併症を予防するためにはインスリン注射治療が必要です。しかし、インスリンの安全な用量域は狭く、過剰投与で低血糖を生じるために、患者ごとに最適な種類と投与量を選定する必要があります。一方、糖尿病専門医は医師全体の2%もおらず、地理的にも偏在しているため、現状では糖尿病患者の主治医が糖尿病専門医であるとは限らず、むしろ非専門医に受診することが多いです。
当社は、東北大学及びNECと共同開発を行い、非糖尿病専門医にも専門医レベルのインスリン治療を実行できるよう支援するAIを開発しています。(「第2 事業の状況 5 研究開発活動」をご参照ください)。
< 図表23 AIの実用イメージ >
〔 RSAI04_発音・発語及び嚥下機能診断 〕
(研究概要)
高齢化社会の現代日本において摂食嚥下障害は増加傾向にあり、死因とされる肺炎の約7割が嚥下が原因であると考えられ、早期診断及び早期治療が重要ですが、簡便な嚥下評価法は存在しません。内視鏡検査、透視検査方法が標準的ですが専用の設備等が必要で患者負担も大きく、自宅などで簡便に機能低下のサインを見つけることはできません。「話す」と「飲み込む(嚥下)」で使用する器官は共通部分が多く、「話す」機能の評価から「嚥下」機能を予測できる可能性が注目され、言語聴覚士(ST)による発話明瞭度検査、短音節明瞭度検査などが期待されていますが、1回の評価に5人のSTが必要で、分析に時間がかかる、客観性に欠けるなどの問題があります。
当社は、東北大学の複数の診療科(耳鼻咽喉科、歯科、医工学部リハビリテーション科)及びNECと共同で、東北大学病院嚥下治療センターに受診する患者の話す音の全周波数を時系列データの分析に特化したAIエンジン(時系列モデルフリー分析)で解析することで、健常者の発音と患者の発音の違いを検出し、嚥下機能の低下を診断するAIを開発します。
< 図表24 音の周波数分解 >
(出典:NEC)
〔 RSAI06_小児発達障害(識字障害)音読診断 〕
(研究概要)
発達障害は小児の社会生活を損なう重大な疾患で、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害、チック障害、吃音(症)などがあります。これら発達障害は早期に治療や適切な教育を行うことで健常者と同じ社会生活を送ることが可能ですから、早期の診断が非常に重要になります。学習障害の1つである識字障害(ディスレクシア)は、特異的に文字の読み書きに困難があり、学業不信、二次的な学校不適症などが生じる疾患で、有病率は小児の2%です。主な原因は音韻処理障害であり、文字とその読みとの対応が自動化しにくいのが原因です。そのため音読に著しい労力と時間がかかり小児に過剰な負担を強いる結果、学業不振や不登校に至る原因となります。小児発達障害のスクリーニングにおいて、ASDとADHDは簡便な自動診断装置の開発が進んでいますが、ディスレクシアは簡便かつ適切な診断方法がありません。
当社は、識字障害と小児の音読の間違いやスピードに相関性があるという事実に基づき、識字障害を診断するAIを開発しています。声を周波数として捉え、時系列データとして扱うことで、健常域から逸脱する異常値を検知するAIを活用し、医療データは東北メディカルメガバンク機構にて行われる小児発達調査データ、及び東北大学病院など複数の医療機関で識字障害と診断された児童の音読データを使用します。音声データに基づく簡便な診断システムが開発出来れば、定期検診などの短い時間で障害の有無を検知でき、該当者への早期からの支援に繋がります。
(d) 診断薬
〔 血中フェニルアラニン測定キット 〕
(研究概要)
フェニルアラニンは生体内タンパク質を構成するアミノ酸の1つで、体内で酵素によって代謝されてチロシンという別のアミノ酸に変わります。この酵素活性が生まれつき低いためにフェニルアラニンが代謝されずに体内に蓄積してしまう疾患がフェニルケトン尿症で、難病に指定されている小児疾患です。この疾患は、適切な治療を行わないと知能発達遅延やけいれんなどの重篤な症状を出現します。1977年に生後マス・スクリーニング検査が実施され、ほぼ全ての患児が早期に発見されるようになりましたが、フェニルアラニンを制限するための食事療法を正しく行う必要があり、定期的な医療機関での検査が必要ですが、数か月に1度の採血では、きめ細やかな食事管理ができません。糖尿病患者のような自宅での血糖測定システムは無く、自己管理が難しい状況です。
当社は、自宅で簡便かつ正確に血中フェニルアラニン濃度を測定するシステムを東北大学と共同開発しています。この新規検査系をキット化し、自己管理の保険償還に繋げることを目的とします。糖尿病患者での自己血糖管理のように、家庭でいつでも自己測定が可能になれば、フェニルケトン尿症を有する患者のきめ細やかな食事管理が実現できます。
[用語解説]
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